高家(たいえ)の里(桜井市 高家)


      大和さくらい100選 「記紀万葉ゆかりの地」・「ビューポイント」

 高家(たいえ)の里は名前の通り標高およそ300メートルにある山村で、多武峰と飛鳥のちょうど中間ぐらいに位置します。古くは倉橋、針道、細川と共に多武峰四郷と称されそのつながりは高家の春日神社境内にある「談山大明神」と刻んだ大灯篭(明和五年・1768年)でも見ることができます。

 

 また一説にこの地は天武天皇の第三子で日本書紀の編纂者として知られる舎人皇子が住まわれた所とも言われています。舎人皇子が高家付近を詠んだとおもわれる万葉集歌に次の歌があり、ここでいう高屋(たかや)を高家にあてる説があります。

 ぬばたまの 夜霧は立ちぬ 衣手の 高屋の上に 棚引くまでに(巻9・1706)

 夜霧が立ちこめている。高屋の上にたなびくほどに……という意味です。

 また集落の南にある春日神社の境内には巨石を使った横穴式石室(6世紀代)が露出しています。拝殿の前の五輪塔も半壊していますが素晴らしいもので暦応3年(1339)の銘があります。

 

 特筆すべきはこの春日神社周辺からの眺望です。奈良盆地が一望できるのです。 集落の縦谷、谷底にできた扇状地には今は田圃や畑の下に眠っていますが、およそ100基ほどあるといわれる高家古墳群が広がります。中でも長瀬藪1号墳は巨大な石室を持つ古墳で石室内にも入れますので6世紀の世界をぜひ体験ください。

 

 高家はいわゆる「磐余の道」ではありませんが飛鳥との深いかかわりからこのエリアに入れています。