金屋の石仏(桜井市金屋)


 金屋の集落から大神神社へと続く「山の辺の道」沿いの喜多美術館の近くにある収蔵庫が、よく知られる国の重要文化財の「金屋の石仏」です。2体の石仏が安置され、ともに凝灰岩製の石板に浮彫(レリーフ)されたもので、向かって右が釈迦如来像、左が弥勒菩薩像といわれています。やや風化していますが重厚な表情が印象的です。用材は石棺の板石を転用したとも言われています。 

石仏は元々これより東に入ったミロク谷(三輪山の一部)の谷間に置かれていましたが、神仏分離で今の場所に移され、大木にもたせて置かれていましたが、多くの好事家が拓本を取るなどして石仏が傷んできたので、屋形を造り錠前をかけ保存するようになったようです。終戦後改築され、その後、現在の収蔵庫に収められ、現在は金屋区で管理されています。制作年代については諸説がありますが、平安時代後期の作とみられています。(左の写真は桜井市史より)

 

 

 尚、この収蔵庫の下に加工痕が残る出所地が不明の巨石が2石置いてあり「ミロク谷石棺」と呼ばれています。うち1石は珍しい阿蘇ピンク石製の家形石棺の蓋石で外面には4つの縄かけ突起があり、5世紀末頃のものと思われます。金屋の石仏との関係は、石材の種類が違うので関係は薄いと思われます。(市内ではこのほか兜塚古墳の石棺、慶雲寺境内石棺仏も阿蘇ピンク石が使用され、当時の中央政権のあったヤマトと九州の勢力との関係に興味をひかれます。)