その他


纒向珠城宮跡(桜井市巻野内)

大和さくらい100選「記紀万葉ゆかりの地」

 

 バス停「相撲神社口」を約100mほど東に行った道の左手に「日本書紀」に「纒向に都し、珠城の宮という」との記載のある「垂仁天皇纒向珠城宮跡」の石碑が建てられています。

 

南方には、箸墓古墳をはじめとする纒向遺跡が広がり、まさにこのあたり一帯は初期ヤマト政権誕生の地なのです。



纒向日代宮跡(桜井市穴師)

大和さくらい100選「記紀万葉ゆかりの地」

 

 相撲神社に向かう坂道の途中に、第12代景行天皇が宮を営んだとされる「景行天皇纒向日代宮跡」(まきむくひしろのみやあと)の石碑が建っています。

景行天皇は、第11代垂仁天皇の第二皇子で熊襲(くまそ)征討と息子の日本武尊(やまとたけるのみこと)を派遣し蝦夷(えぞ)を平定した事で知られます。「纒向珠城宮跡」同様初期ヤマト政権誕生の地がここにあります。



狭井川(桜井市三輪)

大和さくらい100選「記紀万葉ゆかりの地」

 

 三輪山の麓から西流する小川に「狭井川」と呼ばれる小さな川があります。

 

古事記では、川の畔に大物主神の子、伊須気余理比売命の館が在り、神武天皇が彼女を訪ねてこの辺りへ来た時、佐韋(さい、山百合)が咲いていたので「佐韋川」と名付けたとあり、古来より此の地は「出雲屋敷」と呼ばれ、建国に関わる極めて重要な場所といわれています。



大美和の杜(桜井市三輪)

大和さくらい100選「ビューポイント」

 

 日本最古の神社として知られる大神神社の境内に昭和60年に開園した展望台です。

 

東に神体山である三輪山、西は奈良盆地に二上山や金剛葛城連山、生駒山を背景に万葉集で知られる大和三山が品よく浮かぶ、絶好のビューポイントで季節を問わず大パノラマが体験できます。



上ツ道(桜井市・辻~箸中~芝~三輪)

大和さくらい100選「記紀万葉ゆかりの地」

  6世紀後半から7世紀にかけて整備されたとされる古代計画直線道路で、奈良盆地を南北方向に並行して作られた3本の官道のいちばん東側に位置します。桜井市から天理市南部にかけては比較的、痕跡が残り道路幅は発掘調査により43mと推定されています。

箸墓古墳(桜井市箸中)付近は壬申の乱の古戦場となった事でも知られ今も道路として機能を果たしています。街道筋は昭和の香りがする町並みで付近の名所を巡りながらゆっくり散策がおすすめです。